月の欠損についての考察と、月を上手に使う方法

マドモアゼル・愛さんの月の教科書: 占星術が誤解していた、この星の真相を読みました。
【月は“欠損”で自分には無い要素だよ。だから月が表すものを求めると苦しくなるよ。】というお話。

わたし自身ずっと月を目指して(使おうとして)上手くいかない人生だったので共感出来る部分は沢山あったし、そもそもそうだと思ってた(月の要素は求めてるけどなかなか手に入らない・持っていないものと思ってた)んですけど、月の教科書を読んで、逆に“自分が月の要素をちゃんと持っている”ことに気が付きました。
それと同時に“月の使い方が下手だった”ということもよく理解出来ました。

これは別にわたしに限った話ではなくて、月の使い方が下手であるために、月で苦しくなってしまう人が多いのではないかと思うんです。

月は無意識の天体だから、意識的に月をやろうとしちゃいけない。
意識しない(自然な状態でいる)と、月(自然体の自分の良さ)が出てくる。

と、わたしは感じました。

しかし、月の教科書の中では“意識しないでいると月に囚われる(無意識に月を使おうとして苦しさやツラさの原因になる)”と説明されており、ややこしいことに確かにそういう側面もあるんです。

だけど、わたしが思うに“月のプラス面が出る時とマイナス面が出る時の違い”っていうのがちゃんとあって、マイナスに出る時は『月を目指そうとしている時=太陽を目指していない時』です。
月星座らしい自分を求めて行動していたり、そう見られようとする(月星座を自分のパーソナルイメージにしようとする)等。

※月も太陽も目指していない人(人生を意識的に生きていない人)も、月のマイナス面が出やすいです。

月は“求めている自分らしさ”でもあり、こういう風に見られたい・こうなりたいっていう理想の自分のイメージでもあります。
そして“自然体の自分”でもある。
だから、無意識にそちらに意識が向いて“そうなろうとしてしまう(そういう自分を求めてしまう)”んです。

無意識に(自然に)月を目指そうとしてしまう。

でも、“目指すべきもの”は絶対的に太陽です。
それが太陽という天体に課せられた役割だから。

月を目指そうとしてしまうと月と太陽のそれぞれの役割から外れることになるので、そこには軌道修正が掛かる(上手くいなかくなる)訳です。

月を太陽と勘違いしたような行動を取ると、人生が上手く回らなくなる。
太陽は太陽として、月は月として使わなければなりません。

じゃあ月の役割って何なのってことですが、これが今ひとつハッキリしないから我々は月に振り回されてしまうのでしょう。

月は【良くも悪くも無意識に出てくる自然体の自分】だと思います。

まだ自我が形成され切っていない子供の頃に育てた意識なので【無意識的な自分の在り方の土台として月星座の性質がある】という感じ。

ニュアンス的にはドラゴンテイルに近いものと考えると分かりやすいかもしれません。
(※テイルは過去世でやりきっているから意識しなくても出来るので、今世ではもうやらなくていいという解釈があります。月は過去とも言いますし。)

今世の初めにもう既に育てて持ってるから、求めなくていいんです。

本当は月の要素をちゃんと持っていて、求めなくても自分の中に在るし、意識しなくても自然に出来る。
なのに変に月を意識して求めてしまうから“不自然”になる。
月は“自然体”の自分(無意識の自分)だから“不自然”な状態(月を意識した状態)になったら月の良さは出て来ないんです。

例えば大勢の人に見られて緊張していたり、変に構えていたりすると月は出て来ません。

基本、人からどう見られるかを意識しない状況で力を発揮する天体なんです。

なので月はプライベートで自分を休める時にだけ使うみたいなことも言われますが、決して表に出したらダメってことでもなくて、人にどう思われるとか意識することなく自然体でいられる人は、月がその人を苦しめる要素ではなくキャラクターの一部として機能している印象があります。

人に見られていても自然体でいられるなら、月は自然に表にも出てくる。

月は月らしく使わなきゃいけないので、心の底からリラックスして素のままの自然体な自分でいることが大切であり、月が象徴するものを目指したり・手に入れようとしたり・そうなろうとしたりするものではない(太陽の役割を月に担わせてはいけない)ということ。

太陽は後天的に育てていくものなので手に入れようとする必要がありますが、月は既に持っているもの(幼少期に育てたもの)なので、それを手に入れようとすれば過剰になります。

過剰になれば土星に削られるのがセオリーです。
(土星は天体のパワーバランスを調整する天体)


月の教科書の中にカルロス・ゴーン氏の例が載っています。
彼は傾いた会社を立て直す天才経営者でした。
当然相当なお金持ちでしたが、不正によって身を滅ぼしてしまいます。

月の欠損理論では、月はどうやっても絶対に手に入らない‥と言うかそもそも持っていない・それは見せかけのもので本質的には全く無いものとして扱われますので、月が牡牛座のゴーン氏は“お金を所有することが出来ず、手にしたとしても必ず失われる”と書かれています。


これはわたしの考えですが、太陽を使えば月が求めるものは手に入ります。
(正確には、太陽を使うと自分の中の月星座のプラス面を実感出来る。)

ゴーン氏は太陽が牡羊座なので、リーダーシップを発揮すれば自然にお金(月牡牛座的な豊かさ)が手に入ることとなり、数々の会社のトップに就任してきた彼の経歴を見ればこの通りになっていることが分かります。

保釈金15億・国外脱出費用22億なんて言われていますが、それを払えるだけのお金を持っていた訳です。
人より相当多く稼ぐ力がちゃんとあるのにも関わらず不正までして、不正で得たお金を資金に更に増やそうともしていたようです。

“終わりのない欲望・不足しているという幻想”に囚われていた様にも見えます。

完全にレグラヴァリマです。

その他にもいくつか例が載っていますが、そのどれもが“月の性質を使っていない・持っていない・手に入れていない”訳ではないんですよ。

持っているものや手にしたものに自分が気付いていない・満足出来ていない。
だから不足を感じて「もっともっと」という欲求に駆られていたようにわたしには感じました。

月の教科書では月星座的なことは一度手にしても必ずそれは失われると言い切られていますが、ひたすらに求め続け、既に在るものや手にしたものに満足出来ない心の貧しさが悲劇に繋がるのではないでしょうか。

仏教でも『欲求が無くなることはなく、その欲求に振り回され、休みなく求め続けること(満足出来ない心)が苦しみの原因になる』という教えがあります。

実際、月を求め続けたわたしは、この満足出来ない心の持ち主でした。

自分には無いと思うから、それが欲しくて求めるけど、手に入らなくて(実際には手に入っていないのではなく、持っていない・足りないと思い込んで)、“月は自分に欠けているもの”という解釈にわたし自身もなっていたけれど、本当は、欲しがる必要も無いくらい十分に持っているものなのかも。


ただ、やっぱり太陽みたいにはいかなくて、自分で思ってるよりもちっぽけだったりはします。(これも月と太陽の混同)
「あぁ持ってたんだ(もう探さなくていいんだ)」っていう安心と「何だこんなもんか」っていうガッカリと(笑

そういう意味でも“無い”と思ってしまうのかもしれない。
「自分が欲しいと思ってたのはこんなんじゃない!」ってなって、無意識に“在るのに無いフリ”をしてしまっていることもあるはず。
これも「もっと」っていう欲。


どうして自然に在るはずのものを求めてしまうのか。

求めている理想の自分なのに、自然体の自分でもある。
矛盾するけれど、それってつまり、ただ、ありのままの自分でいたいってことです。

リラックスした素の状態の自分でいたい=(不足感に駆られて)不安や焦りに追われたくない


これが月のプラス面が出るか、マイナス面が出るかの差でもある。

人は、本当の自分(理想的な状態)が何処かにあって、それを手にしたら安心出来るって思い込んでいることが多いです。

その幻想こそが、手放すべきもの。

誰もが本当に欲しいもの(全ての人に共通して月が求めるもの)は、ただ自分でいること。

だけど“自分”を何処かに探し求めてしまうから【ただ、自分で在る】これが結局一番難しくなる。

でも、探し求めてないと不安になるんです。
何かが欠けている気がして。
それ(月の要素)が無いと、自分が自分で居られない・自分が自分にならない気がして。

だけど本当は、欠けた自分を取り繕うことをやめたら、月の良さ(自然体の自分)が出てくる。
欠けた部分を変に埋めようとしていない状態こそが、素のままの自分(=月)だから。

自分の中の月(プラス面)を感じるために必要なこと

『月の引力が人生の羅針盤を狂わせる磁力になり得る』ということはまず間違いないので、放って置くと良くないのは確かだと思います。

「自分に月の要素が欠けている」と感じるなら、次の3つのことを意識してみて下さい。

①月を求め過ぎない・意識し過ぎない

求めてはいけないということではなく『求め過ぎない』ことが大事。
月が出過ぎると土星にダメ出しされます。
“求める”ことで不安や不満・プレッシャーなどのネガティブな感情が生まれるなら、それはもう欲求が過剰で土星から圧が掛かっている状態です。

ツラくなったり上手くいかなくなったりしたら、無意識に月を求め過ぎていないかをチェックしましょう。
月の教科書には「月が◯◯座の人はこういうことが出来ません」という内容が書いてあるので、それが出来る出来ないとか月の要素を持ってる持ってないは置いておいて『どんなことを意識しないようにすると良いか』を確認するために読むと良いかと思います。

②太陽を目指す・太陽を使う

①のためにも②はマストです。
太陽を使うことで月に向きがちな意識のベクトルを固定します。

月は太陽の光に照らされて光る天体ですから、太陽を使わなければ自分の中の月のプラス面を感じることは難しいです。

③太陽を使って、自分の月星座らしさを人に与える

月の教科書にも「月は人のために使う」と書いてありますが、自分で出来ないことを人のためにするとか自分に欠けたものを人に与えるなんて出来なくないか?(例えば自分が整理整頓出来ないのに誰かのためにそれをするとか、整理整頓の仕方を教えるとか無理じゃない?)と思うので、やっぱり月は持ってると思う。

ただ自分の中の月を自分で感じるためには太陽が必要なので、太陽を通して月を与える。

わたしの月星座は獅子座で、月の教科書によれば“人生の成功と発展や個として輝こうとするような生き方の素晴らしさを目標にすると失敗する”ことになります。
太陽は蠍座なので、洞察力を以って“誰かが”そうやって生きるための縁の下の力持ちになる。

加えて、月の教科書には月光反転法(月星座の反対側のサインを使う)というのが載っていて、獅子座は水瓶座になりますので“主語をわたしから我々に変える”。
そもそも月がほぼ11ハウスなこともあるかもしれませんが、自分の経験から普遍的なものを抽出しているつもりです。

“称賛を得られない・未来を描けない・志しを持てない=目的がコロコロ変わるので何も達成出来ない”とも書いてあります。

すごく腑には落ちます。

確かに褒められることなんて無い人生でしたけど、②③(このブログ)の結果としてはじめてそれをちゃんと体験させてもらえましたし、クライアントさんとのお話の中で自分の中でぼんやりしていた進むべきヴィジョンを明確にしてもらえたこともあります。
このブログを始めて、コロコロ変わっていた目的(つまり結局何をしたいのか分からなかった)が変わらなくなりました。

自分が放った太陽の光が反転して月として返ってくる

そんな気がしてます。

月は太陽と違って自らそれを成していくというよりは、太陽を使うことで、そこに在ったのに見えなかった月に光が当たり、自分の月がそこに在ることに気付く感じ。


①だけでもかなり楽になる人は多いと思いますが、人によっては①が一番難しいかもしれません。

欲しいもの(理想的に思える状態)を「求めるな」と言われても、そう簡単に納得出来るものではないからです。

①には『土星が与える制限を受け入れること』が必要になります。
そして“制限を受け入れる”これ自体は冥王星の担当です。

つまり、土星の制限を制限として見做さず“安心・安全の領域”として認識するには、より大きく開けた視点(土星の向こう側=トランスサタニアンの領域)から自分が今居る場所を見ること(壁の内側から壁の外を見るだけでなく、壁の外側から壁の中を見ること)が必要になるので、一度は土星の制限を超える(超えようとする)必要があるんです。

秋山黄色のアイデンティティという曲のPVが『囚われているように見えて、実は保護でもあった』っていうオチなんですが、往々にして土星の作用はこんな感じです。

だから視点の切り替えがめちゃくちゃ重要になる。

だけど、一回限界まで行ってその淵から向こう側を見ないと保護されてた(上手く行かないのは、その枠を超えてもその先には何も無いよって警告だった)ことには気付けないし、視点を切り替えることも難しいです。←囚われてると思ってるから。


『制限を超えてもその先があることばかりではなくて、超えても超えても(求めても求めても)思ったような所に辿り着けない・思ったようなものが手に入らないこともある』ということを知っている人=月を求めて上手く行かな過ぎて疲れちゃった人にとっては「月は欠損だから求めても手に入らないよ」と言われれば腑に落ちるし楽にもなる。

でもまだ月を手にする行動をしていない人は月は欲しいものだから、その希望を否定されたくない。

最終的には制限を受け入れることから自己変容がはじまって新しい道が開けるんですが、もうこれ以上進めないという限界までちゃんと行かないと“月を求めないことを受け入れる”のは難しいかもしれません。

月は他の天体のエネルギーを奪う?

月の教科書では“月は他の天体のエネルギーを吸収し奪うので、基本的に人に良い影響を与えることはない”とされていますが、求め過ぎちゃうから結果的にそうなりやすいだけで、最初から奪うつもりでいる訳ではありません。

月は7歳くらい(幼稚園)までの子供の意識です。
仮にお友達のおもちゃを奪っちゃう子がいたとして、その子が「あいつムカつくからおもちゃ奪ってやろう(意地悪してやろう)」って思ってそういう行動をしてるかって言ったら違います。
(そういうことをし始めるのは小学生からです。)

単純に羨ましくて、純粋に欲しいと思っただけです。

それが結果的に人のものを奪うことになるとか、それがいけないこととか、理解出来ていないからそういう行動をしてしまっただけ。

「奪う」というのは“結果”であって“前提”ではないんです。

多分、月は太陽が羨ましいのだろうと思います。
歴史を見ても、崇拝される立場にある太陽・忌み嫌われる立場にある月というコントラストがありますから、月には自己否定や劣等感の集合意識があるような気がします。

だから太陽みたいになりたくて、それを求めるのでしょう。

でも『よそはよそ、うちはうち』

これって子供の頃には特にですが、大人になっても心から納得して理解するのはなかなか難しいんじゃないでしょうか。
恵まれた環境で育っていても、人は“ないものねだり”するものです。

自分には出来ないことがある。
求めても手に入らないものもある。
認めたくないですからね。

人は、人生が公平ではないことを悟れるくらいに成長しなくてはならない。

そしてただ自分の置かれた状況の中で最善を尽くせばよい。

スティーブン・ホーキング

その線引きが出来ないと求める気持ちが強くなって、結果的に他の天体のエネルギーを奪う(エネルギーが適材適所で使われない)ことになります。
度を超えると土星の調整が入ってそれ以上進めなくなるので“上手くいかない体験”をしやすくなり、ネガティブな側面が際立ってしまう。

無意識に月を過剰に使ってしまうから結果的にエネルギーが奪われるので、意識的に他の天体を使うことで月のネガティブな面を抑え、ポジティブ面を引き出すということが必要かと思います。