月に蓄積された無意識の正体は、望まない現実を創造する自己防衛プログラム

月には“無意識”という象意が与えられていますが、ではその無意識の中には何があるのか?
それは【自分の行動パターンを形成する無意識的な意識の習慣】である。

として以前記事に纏めたのですが、この時はかなり言語化に苦労したので伝わりづらかったかもしれません。
結論としては変わっていませんし、トランシットの土星はまだわたしの4ハウスにいるので未だに意識の変容が続いている状態ですが、このわたしの身に起こっている変容を見事に言語化してくれている本に出会いまして、その結果「月(4ハウス)に蓄積された無意識とは一体何なのか?」を明確に掴むことが出来ました。

参考にさせて頂いた文献は、ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジーという本です。
メンタルモデルとは、認知心理学の用語で“現実を認知する前提にある思い込みや既成概念”を意味するそうです。

しかし何故、痛みを感じることを(無意識に)避けているにも関わらず、不本意な現実によって痛みに直面せざるを得なくなるのでしょうか。

それは心理学者カール・グスタフ・ユングの言葉にヒントがあります。

自分の内面で起きている矛盾を意識しない時、それは運命となって外界に現れる

人は皆、怖れや不安を手放し、ありのままの自分でいることの喜びから望む現実を創造したいのです。
ですから、(無意識に)痛みを避け、本当の望みに蓋をして、怖れや不安から現実を創造するということは、自己の内面で起きている紛れもない矛盾なのです。

しかし、痛みを避けるための回避行動をしているということの自覚が非常に困難であるために、我々は原因不明の上手くいかない現象に思い悩む訳です。

※画像クリックで拡大出来ます。

12ハウスの意味は8ハウス〜9ハウスの繋がりから考えると理解しやすいで使用した図解。
今回の解説は4ハウスからの視点ということになります。

では、どのように、痛みの回避行動=怖れや不安から現実を創造してしまうパターン=自己防衛プログラム(※著書の中では生存適合OSと表現されています)が形成されていくのか。

その原因としてザ・メンタルモデルの中では

「自分の内側でこの世界に『ある』はずだと思っていたものが外側の世界にはない」という欠乏・欠損の認識が起きる時

と説明されています。
その『ある』はずのものとは何か。

この世界に生まれてきたあらゆる人間が絶対にあるはずだと思いたいもの、欲しいものは「自分はありのままで愛される」という無条件の愛に対する信頼と、絶対的につながっているという感覚から得られる安心感です。

ありのままの自分でいたかった、それだけなんですよ、皆。無条件で愛されたかったし、そのままでいいよって言われたかった。そのままでいたかったのに、それじゃだめなんだ、というのが適合期の体験なんですよ、ほとんど全員の‥

ここで前回の記事の内容とも繋がりますが、ありのままの自分ではいられ“ない”という経験によって、月の性質が否定された痛みを避けるために自己防衛プログラムが形成されていくと考えられます。

月の無意識にはその“痛み”という感情の記憶が。
4ハウスにはその感情からの“行動パターン(コンフォートゾーン=安心・安全の領域を守るためのプログラム)”が記録されており、それらが人生を構築する土台となるシステム(OS)として機能するということです。

※因みにですが、行動は思考からではなく感情から起こります。ですから感情がノッてない時にはやる気が出ない(行動に結び付かない)という現象が起こります。それを思考で制御しようとしてもなかなか難しいのは、基本的な行動の支配権が感情にあるからです。

以前から「月をベースに生きると上手くいかなくなりますよ」というお話をしているんですが、それは何故かと言えば“自己防衛プログラムによって望まない現実を引き寄せてしまうから(=封印した痛みの奥に本当の望みがあるので、痛みに向き合いそれを手放さなければなりませんが、月は無意識に痛みを感じることを避けて行動しようとするので、望みとは逆の結末になってしまうから)”ということになります。

『ある』はずだと思っていたものが『ない』という経験をしているので、例え何かを求めたとして手に入らないかもしれない(また“ない”という痛みを感じるかもしれない)という怖れや不安が無意識の回避行動に繋がってしまうのです。(逃避型)

ザ・メンタルモデルによれば、回避行動は逃避型と克服型の2タイプがあるそうです。

  • “ない”という痛みそのものから目を背けるのが逃避型
  • “ない”から手に入れようとするのが克服型

マドモアゼル・愛氏は「月は欠損で自分に“ない”ものであり、仮に手にしたとしても必ず失われる」と仰っていますが、それはつまりこの『自己防衛プログラムによる怖れや不安からの創造( “ない”という思い込みから手に入れようとする=これは即ち“ない”という痛みを感じたくないという克服型の痛みの回避行動に当たります)によってそれを手にしようとするために、向き合わなければならない問題(痛みと向き合い怖れや不安を手放すための学びのプロセス)としてその運命が外界に現れるため』と考えられます。

シンプルに言えば、無意識に“ない”とか“手に入らない”と思っているから“ない・手に入らない”世界が創造されるということです。

しかし、そうは言っても我々は基本的に『ない』を経験し、それがベースになる(無意識に蓄積される)ような流れの中で生きています。

月では社会に適合していくに当たって“上手く適合出来ない”ということが起こるんですね、どうしても。それが出来るのは太陽なので。

社会(土星)には一定の枠組みがあって、その基準値に至ることを否応なく求められます。
それに従って、子供から大人になっていく過程で“今のままの自分ではダメだ(月から太陽への移行期)”という限界点が来る。

本当はこの時に太陽を使って上手く月を昇華出来ればいいのですが、月と太陽の性質は矛盾する場合が多いのでそれが難しく、月か太陽どちらか一方を選択するという状態になりやすいです。

ここで月に留まることを選択する人は上で説明した逃避型になります。
能動的に生きている人(克服型)は特に月の生き方には限界を感じますから、社会に適合するため(太陽を育てるため)に自ら月の性質を封印するのです。

そして月(ありのままの自分でいられる世界)を“最初からない”ことにするんです。

勿論これは無意識です。ありのままの自分でいてはいけない・いられないという痛みを克服するために無意識に自分を守ろうとした結果、痛みの奥に本当の望みを閉まって見ないフリをしたり(逃避型)自分にはそれが“ない”から痛いんだと思い込むことで手に入れようとしたり(克服型)してしまう。
こうして自己防衛プログラムがシステム化される訳です。

これが【月の性質が“ない”=ありのままの自分ではいられない】という思い込みが発生する原因です。

だけど、どんなに見ないフリをしたって月(ありのままの自分でいたい気持ち)が消えることはありません。
だって自分の一部だから。だから幻想(思い込みの世界)の中で、失った自分を取り戻そうとするのではないでしょうか。
自分探しをしてみたり、何となく何かが欠けている気がして何かを追い求めてみたり。


【月の性質が“ない”=ありのままの自分ではいられない】というのは思い込みです。
そして、太陽を使えば社会の中でありのままの自分(月)を体現することは可能なのです。
(詳しくは前回の記事参照)

しかし月が傷付いてしまった痛み(月の性質が“ない”とかありのままの自分ではいられないという気持ち)を持ち続けていると、その記憶が再現されないように無意識に自己防衛プログラムが働いてしまい、太陽を使っても根本的な創造は怖れや不安からのものになってしまう(克服型の行動になる)のです。

そうなれば、やはり自己矛盾が不本意な現実として襲い掛かります。

よってここに行き着く訳です。⇒ トランシットの土星が4ハウスを通過する時、及びネイタルの月とハードアスペクトになる時は【無意識的な意識の習慣】を手放す時

それはつまり、自己防衛で培った“ない”という思い込みからの創造を手放すこと。

もう子供の頃の自分じゃないのに、子供の頃に作った人生のベース(OS)をいつまでも使い続けているという感じなんですよね。

トランシットの土星がネイタルの月とアスペクトを形成する時・トランシットの土星がネイタルの4ハウスを通過する時は、子供の頃に月×土星で作られてしまった無意識的な意識の習慣=自己防衛プログラム=ネガティブな経験がベースになって形成された人生のパターンを手放す‥というより新しいベースを作ることを求められるのです。
この時、同時に古くなったものを手放す必要性が出てくる訳です。

ここ1〜2年くらい本当に足元(これまでの人生で構築してきたもの)がボロボロと崩れ去っていくような感覚があって、その中でも個人的にすごく感じるのは“どうすれば社会の中でもありのままの自分でいられるか”をすごく試されているような気がしてます。
ここで社会の基準に自分を合わせようとしてしまえば、それは“過去に培った自己防衛プログラムを破棄出来ない”ということですから。

そもそも月×土星の作用は本来“どのようにありのままの自分を社会で表現していくか”がテーマなんじゃないかと思うんです。
或いは、時代と共にそう変化しつつあるとも言えるかもしれません。
土星に月を抑圧する作用があるのではなくて、人間側が天体を上手く扱えないからそうなるだけで。

若い頃はまだ未熟で、社会で自分らしく生きていく(自分と社会のバランスを上手く取る)力がないんです。(天体が育ってないから。)
この“上手くいかない”という経験が、本来才能であるキロンに鍵を掛け、土星のコンプレックスにも繋がっていきます。

ありのままの自分でいられなくなった(自己防衛プログラムが形成される)切っ掛けをホロスコープで見ると、月のサインの性質が災いして、月のハウスを拗らせた経験があるはずです。

月のサインの性質は『ある』んですが、子供の頃や若い頃にはハウスで上手く使えない傾向にあります。
各天体はそのハウスで使わないと絶対ダメなんです。上手く機能しないから。

この経験を紐解いていくと、無意識に何が抑圧されているのか(根本的な怖れや不安の原因)が判ります。

月のハウスだけでも何となく掴めるかもしれません。
それは欲しいものでもありますが、裏を返せばそれが自分の世界に“ない”と感じること(手に入らないこと)を恐れているのです。

その結果、キロンを上手く扱えなくなって土星に行き着く流れがあります。
ある程度ホロスコープが読める人は自分の経験と照らし合わせてみたらそうなってることがわかるはずです。

※以前、天王星の影響(自己改革の失敗)がキロンの傷になるとして記事を書いたのですが、天体のエネルギーは上から下りてくる流れと下から上がっていく流れの両方があります。

キロンが苦手意識というのは嘘です。マジで。本当に。

最近これを改めて実感しています。
キロンに関することは寧ろ好きだし得意です。
ティモンディ高岸ばりに言いたい(笑

「やればできる!」

最初はむずかしく感じると思いますが、やればやるほど好きになります。
「出来る」が実感できるから。
ただし、その伸びは指数関数的(はじめはゆっくりで後から急上昇)なので焦らず継続が基本です。←土星を改革する(土星と天王星を繋ぐ)橋渡しなんですよ。キロンって。
だからキロンやらないと土星は克服出来ないんじゃないか説が濃厚です。

当然ながら「苦手だからやらない」にしてるとその才能が開花することはないです。

土星のコンプレックスに対しては外側にアプローチしてしまいやすくなりますが、外側へのアプローチはキロンをやる。
プラス、月の自己防衛プログラムが形成される原因が土星なので、月を癒す(内側にアプローチする)。

月を癒すというのは、月を外側に求めず、自分の内側に既にあると気付くこと。←つまり自己防衛プログラムを破棄すること。

この辺は前回の記事で詳しく説明しています。

“ある”という安心感の上で人生を創造していくこと。
そうして創造した世界が拡がっていくことで、土星のコンプレックスは徐々に解消されていきます。

キロンの苦手意識という思い込み。月のありのままで愛されないという思い込み。
そういうネガティブな無意識が現実に投影されたのが土星(コンプレックス及びコンプレックスから生まれる人生の困難)なんです。

しかし我々は無意識に対して無自覚です。
その無意識に気付かせるために、外側に望まない現実が現れてくる時でもあると思います。
その際、外側で起こる出来事を自分の責任として受け止め内省出来るかどうかが鍵になります。

実際ここが一番難しいポイントです。

やはり無意識なので、そもそも外側の問題の原因が自分の内側にあると気付けない人も多いです。
スピリチュアルや潜在意識に興味のある人は「その人の内面が外側の現実を創り出している」とか「上手くいかないのは無意識に問題がある」という概念は知っていると思いますが、それを心から納得するのは簡単ではないと思います。
(わたし自身、最初からこれを納得出来た訳ではありませんでした。)

頭では何となく理解出来ても腑に落とせないのは“抵抗”が出ているからです。
『望まない現実を引き起こしているのは自分自身だと認める』
正直この作業はかなり厳しいですから、ここにも無意識の回避行動(自己防衛プログラム)が働く訳です。
だけどそれを認めて『自分自身の内側に何があるのかに向き合う』ことが大切になります。


無意識って本当ただ気付けばいいだけなんですよ。
ただ、ちゃんと“本気で腑に落ちれば”ですけどね。
頭でわかったフリではダメです。

だから、潜在意識(無意識)を書き換える方法にアファメーションってありますけど、あれをやると逆にツラくなるとかそもそも違和感があって出来ない人が大半なんです。

(※ここで言うアファメーションはネガティブな意識をポジティブにするようなアファメーションのことです。何かを叶えるアファメーションにしても、無意識がそれを望んでいなければ違和感あると思います。或いは、やっても叶わないかのどちらかです。)

何故なら、無意識は痛みを感じて欲しいから。
蟹座的な共感が欲しいのであって、その気持ちを見てみぬフリして欲しい訳じゃない。
寧ろ痛みを感じなかったら余計に見なかったネガティブが蓄積されていきます。
それを心(無意識で)はわかっていて「この痛みを見てよ!気付いてよ!解放してよ!」って思ってるから、だからアファメーションで無理矢理ポジティブを擦り込もうとしても嫌な感じになったり出来なかったりっていう“抵抗”が出るんです。

無意識は心の中に抑圧した声

それに気付いてあげること。
それが欠けたアファメーションは逆効果です。

無意識に何を抱えているのかに気付いた上でのアファメーションなら、そのアファメーションの言葉に違和感はなくなります。
つまり思考(アファメーション)と感情(無意識)が一致してなきゃだめってこと。
そうじゃないと、反発し合うから。

ただ自分と向き合って「そっか」って気付けば、その瞬間にありのままに戻る(無意識に気付ける=思考と感情が一致する)んです。

「なーんだそういうことか」「だからこうだったんだ」って分かれば、自己防衛で無駄に強化したガラクタの鎧を捨てられるんです。
ガラクタを一つ一つ外してシンプル(変に武装してない自分)にしていく。
英語のcomplexはそもそも“複雑”って意味ですから。

心理学用語では、さまざまな感情の複合体のこと。
衝動や欲求・記憶などの、さまざまな心理的要素が無意識に複雑に絡み合って形成される。
または、特に「劣等感」を指す意味で用いられる表現である。 … 本来は「コンプレックス=劣等感」というわけではない。

weblio辞書

月の無意識にあるのは複雑化した感情で、それがあるから複雑化した現象(色々やってみるけど解決しない問題・超えられない壁=土星)になる。

複雑な感情の絡み合いがコンプレックスになるということ。
であれば、そこを解いていけばいい訳です。

当たり前っちゃ当たり前なんですが、“無意識でこう思ってるからこうなる”に気付けていないと“何でそうなっているか”が判らないんです。
何でそうなっているか判らないもの(因果関係が不明なもの)に対してどうこうしようとすると、正しくアプローチ出来ないので上手く解決出来ずにその結果コンプレックス(複雑化)を強めてしまいます。

だから外側をどうこうするよりも、自分の中にあるこんがらがってしまった感情がどんな思考や行動に繋がっているのかに気付くことが重要なんです。

それに気付ければ、絡まった糸を解すように思考や行動を変えられます。
「あぁまたやってるな」とか「あぁまたこんなこと考えてるな」って気付けるので、それに気付いたら修正する。
これを何度か繰り返す内に、無意識的に繰り返されていた思考や行動が変わります。

無意識が直接行動にいってる場合の修正は割と簡単なんですが、無意識が思考に作用する場合の修正は厄介です。
思考は“主張”してきますから。
でも無意識にあるものに気付けていれば、その頭の中の声に振り回されることを防げます。
俯瞰出来るというか。
最初のうちは「頭の中の声(思考)に振り回されている」という状態に気付けるようになり、それに気付いたら思考をスルーする癖を付ける。
華麗にスルー出来るようになると、無意識的に繰り返される思考に振り回されなくなります。
そうなれば無意識的な思考に引きずられてしまっていた行動が変えられます。
それはつまりネガティブな無意識が現実に投影されなくなること=自己防衛プログラムの破棄を意味します。
そして現実が変わります。

それを体感すると「その人の内面が外側の現実を創り出している」とか「上手くいかないのは無意識に問題がある」ということの意味が腑に落ちて、感覚に落とし込むことが出来ます。

何か起こった時には内省するという癖がついて、その度に複雑化したものがシンプルになって、ありのままの自分に戻ると同時に本当の自分が生きたかった世界に現実も変化していくのです。

何より無意識にネガティブな感情を抱えているって、重りを引きずって生きてるようなものなのです。

そりゃ“思い通り”にいかなくて当然です。
重りを引きずってたら、軽やかに行動出来ませんから。

心を軽くすることは、行動力を上げること。

行動は思考からでなく感情から起こるもの。
だから感情をクリアリングすれば、やる気やモチベーションを維持しやすくなるし、行動力も上がります。

無意識に抑圧した感情を溜め込んでいると、ワクワクセンサーも鈍くなる。
好きなこと・やりたいこと・夢中になれること。
そういうものを見つけるのも難しくなる。
何かやりたいことがあっても、悩みや葛藤で前に進もうとするエネルギーが削られてしまう。
やりたいことがあるのに、何故か行動出来ないという現象が起こる。

自分の声をちゃんと聞いてあげなければ、どんなに頑張っても現実は変わっていかないので、 まずは自分と向き合い、無意識にある自己防衛プログラムを破棄しなければなりません。