やりたいことが見つからない人が陥りがちな無意識の行動パターン

やりたいことを探していても見つからない人は「先に目的があって、そこへ向かう努力をすることで達成する」という方程式(こうすればこうなるという認識)で動いていることが多いです。
しかしそれはやりたいことを見つけるための方程式ではなく、やりたいことを社会で達成していくための方程式です。

Twitterの方で、上手くいかない時には[こうすればこうなるという認識=こういう行動をすればこういう結果が得られるはずだ]という自分の中の方程式を見直す必要があるという話をしたんですが、よくある方程式(求めている状態に至るために必要だと理解している行動)の間違いについて例を上げて詳しく解説します。

方程式の間違いで最も多いのが「先に目的があって、そこへ向かう努力をすることで達成する」です。

間違いと言うと語弊がありますので正確に言うと“自分が求めている答えを出すための方程式として適切ではないのに採用されている第1位”という感じでしょうか。

大体の人は学生時代に“将来の夢を決めてそこへ向かうことを求められる”という経験をします。

それが無意識に刷り込まれていて、以後大人になってもやりたいことを見つけようとする際にこの方法で探してしまうのです。

しかし「先に目的があって、そこへ向かう努力をすることで達成する」というやり方は、やりたいことが明確な人がそれを社会で達成していく方法であって、やりたいことが曖昧な人がやりたいことを探す方法としては適切ではありません。

これが方程式(こうすればこうなるという認識=求めている状態に至るために必要だと理解している行動)の間違いです。

自分を動かしている方程式(法則=自分の宇宙のルール)に無意識の場合は“固定観念”や“思い込み”となり、意識的にそれに従って動いている場合は“信念”になります。

やりたいことを見つけるための方法として「先にやりたいことを見つけて、それを実現するための努力をする」というやり方で動いてしまうと、興味のあることをやってみては「何か違う」とか「上手くいかない」を繰り返すパターンに陥る傾向があります。

やりたいことを見つけたい人が採用するべき方程式は『自分が喜びを感じられることを見つけたら(自分で自分を満たすことが出来たら)、それがやりたいことになる』です。

まず、ただ自分がやっていて喜びを感じられることを見つける(自分を満たす方法を見つける)ことと、それを社会に適用させて人生の目的や天職みたいなものにしていくことを区別して考えることが重要です。

“やりたいこと”と言うと上記の2つを満たしているものをイメージするかと思いますが、前者は自分と向き合うプロセスであり、後者は他者(社会)と向き合うプロセスです。

後者のプロセスに関しては以前記事にしています。

ベクトルが違うので、それを達成するために必要な行動も違います。

“やりたいこと”と言うと人生の目的や天職みたいなニュアンスの方が強いので、自分がやっていて喜びを感じられることが見つかっていない(自分が満たされていない)にも関わらず人生の目的や天職になるようなものを探してしまう(別々の問題を混同して同時にやろうとする)のです。


やりたいことが見つからない人は「自己表現とは何か?」という所にも誤解があります。

“自分を表現する”ということは“自分の内側から湧き上がってきたエネルギーを外へ放出する”ことで“心が動くということが動機となって行動すること=伝えたい想いが溢れ出ること”です。

単純に「コレいいな」と思ったら、それを人におすすめしたくなる気持ちと一緒です。

5ハウス(自己表現のハウス)は趣味とか個人的な楽しみを表す場所ですから、そこに人をお誘いするようなイメージで『相手に何を提供することをしたいのか?を表現する』のが自己表現です。

「何らかの手段を用いて自分自身を表現する」というのは自己表現ではなく承認欲求になります。

自分が満たされていないから、自分自身を外へ出して承認してもらうことで満たされようとする無意識の行動であり、それは【自分の太陽を用いて自分の月を満たすことが出来ていない=自分で自分を満たせていない】ことを表します。

これは、太陽を使い慣れない(使い始めの)時に起こりやすい(無意識的な)勘違いです。

まずは自分の男性性(太陽)で女性性(月)を満たすことが大事。

承認欲求か自己表現かの違いは、ベクトルが自分を満たすことに向いているのか、(自分自身が満たされた上で)他者を満たすことに向いているのかの違いです。

「これからどうする」「何をやっていく」
自分たちで見せ方をプレゼンしたり、野望みたいなものを語っているうちはうんともすんともいかなかった
俺らが楽しんでる姿を見て、ちょっとでも「面白い」とか「いい空気になるな」と思ってもらえたらいいという考え方に変わった時に仕事の量が増えた

引用: 「日曜日の初耳学」で二宮和也が語っていたこと

5ハウス・獅子座(ルーラー太陽)のキーワードは「I will」ではなく「I’ll」にしていく必要があるということを以前記事にしています。
“状況に関係なく(絶対に)こうする”というのが「I will」で“状況に応じて「こうする」という意思を示す”のが「I’ll」です。

にも関わらず「何とか自分を出そう」としてしまうと、興味のあることが全て外側に向けて自分を表現する手段になってしまいます。
そうなると自分の内側が一向に満たされないので『相手に何を提供することをしたいのか?(自分が感じている喜び=2ハウスを共有すること)を表現する』という自己表現にならないんです。

この“喜びの共有”が出来ないと8ハウスでバラされます。

それは、やっていると自分が満たされるから“個人的にやりたくてやっている状態”であって“人生の目的や天職という意味のやりたいことにしようと思ってやっている”訳ではないので、続けようと思わなくても続くし、自然と行動が出来ます。

自分の中にそういうものがない人はその感覚がわからないので、やると決めたことを頑張って続けようとしたり、続けるために無理して行動しようとしたりして、先に決めた目的意識の実現を試みます。

やりたいことを見つけるということは、学校で体験したように“これで自分を表現する(これを仕事にする)と決めて勉強すること”とは違うんです。

それは5ハウスを(仮)で決め、4ハウスでそれを人生の基盤(中心に置いて)3ハウスに向かうことで、完全に逆走です。
そうなると2ハウスで喜びを感じられません。
1ハウスでは違和感が誤魔化しきれなくなって「これって本当に自分のやりたいこと?」って疑問から12ハウスでその問いがループしはじめて行動に結び付かなくなると行き止まりになります。

1ハウスで欲求のままに動いて
2ハウスで喜びを感じられるものが見つかる(或いはそれを見つけようとする)と
3ハウスで自然と身に付く知識やスキルがあって
4ハウスではやっていると喜びを感じるから自然にそれが人生の中心になっていって
5ハウスでその喜びのエネルギーが溢れてくると、やっていることが自分自身を象徴するものになって6ハウスでそこに需要が発生する
そこから7ハウスでは自分と社会を繋ぐもの(社会で自分を活かしていく方法)ってこれなのかもってなったくらいでようやく人生の目的や天職(10ハウス)の鱗片が見える

自分の心と向き合って喜びを見出すプロセス(月=4ハウスまで)と、その喜びを社会に表現していくプロセス(太陽=5ハウスから)は別のもの。

学生時代に1〜4ハウスの体験が不足したまま5ハウスからのテーマに着手しなければならなくなることが殆どで、そうなると結局何となく就職して6ハウスはお金のために仕方なく働く場所になるというパターンが圧倒的かと思います。

太陽の年齢域(25歳くらいまで)に1ハウス〜4ハウスがしっかり育つかどうかは生まれた環境の問題になってくるので、1ハウスのルーラーは火星なんです。

火星の年齢域である35歳から45歳くらいまで(ミッドライフクライシスと言われる時期)は、上に書いた1ハウス〜7ハウスのプロセス(これまでの人生)を見直して、9ハウス・10ハウスの木星期・土星期に、本当に自分がやりたかったことをやるための人生に作り直していく時期。

だから火星のハウスやサインは、自分の人生を諦めないために必要な事柄を表します。
しかし同時にかなりエネルギーを消耗することでもあります。
本当の自分を生きることを諦めないってエネルギーが必要なことです。

“これまでの人生の結果”という受け取ったものを元に人生をスクラップ&ビルドしていく(命の使い方を見直す)こと=8ハウスが求められますから。
(8ハウスのサブルーラーは火星。)

何度も言っていますが、ハウスの体験は不足していたら次に繋がっていきません。

絶対8ハウスでやり直しさせられます。
(上手くいかないことが出てくる。)

そうなった時、まず自分の中の方程式(行動原理)である『自分の望みを実現するために何が必要だと考えているのか?』ということに意識を向ける。

これが無意識に行動に反映されているので、その認識次第で行動が全く違ってきます。

[自分が取っている行動と望みを実現するために本当に必要な行動のズレ=認識のズレ]

求めている状態が達成出来ない場合は「求めている状態を達成するためにこれまではどういう認識で動いていたのか?」を考え、それとは違う行動に変えていく意識を持つと結果が出やすいです。

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